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強豪チームで出場を果たした、一人の女子選手を追って/コラム・山根祥太(横国大)

 神奈川大は昨年度行われたリーグ戦で春秋連覇。文部科学大臣杯第74回全日本大学準硬式野球選手権大会にも出場した。そんな強豪である神奈川大の秋の公式戦に一人の女子選手、下枝弥月(川崎市立高津高校=1年)の名前があった。まさにグランドに立つ「紅一点」の存在である。なぜ女子選手が男子選手に混ざって公式戦に出場しているのか。純粋な疑問を抱いた筆者は、下枝に話を伺ってきた。

■「自分が女子野球のパイオニアになれるのは魅力的だと感じました」
 周りと比べると目立つほど華奢な一人の選手が、打席に立つと鋭い一振りで豪快な大ファールを放った。呆気にとられたのも束の間、セカンドのポジションにつくと軽快に打球をさばいているではないか。男子選手にも引けを取らない活躍ぶりに感動を覚えたのと同時に、これほどの実力がありながらもなかなか表舞台にたって出場機会を得ることができていない環境に一種のもどかしさを感じた。他の大学だったらスタメンではないかと考えながら、下枝により一層の興味が沸いた。昨秋、横浜スタジアムで見た秋季リーグ戦でのワンシーンだった。

昨秋のリーグ戦・麻布大戦で2試合出場(2打数0安打)を果たした下枝弥月さん(神奈川大1年=高津)を果たした

 下枝は、小学1年生の時兄の影響でソフトボールを始め、中学では軟式野球部に所属、高校ではソフトボール部に所属していた。高校生時代は女子硬式野球部があったにもかかわらず、あえてソフトボールの道を選んだという。
「ソフトボール部の方が女子野球部よりもレベルが高かったため選びました。自分の求めているレベルがソフトボール部の方が近く、そのうえで試合に出場したいという気持ちがありました。男子は野球、女子はソフトボールというのが世間のステレオタイプがあるので、ソフトボール部の方が大会も盛んに行われていたというのも一つの理由です」
 やるからにはメリハリをもって全力で取り組みたいという気持ちからの選択である。まだティーンエイジャーとは思えないような佇まいに一種の感動を覚えた。
 そんな下枝だが、高校までの部活に対する満足感から、大学では大して野球に対するこだわりはなかったという。しかし、なぜ準硬式の道を選んだのか。
 「最初新歓に行ったとき、女子ラクロス部の人に何に興味あるのか聞かれてなんとなく野球と答えたらすぐに準硬式の人に連絡してくれて。そしたら女子選手も受け入れているから体験きてほしいということで断れず渋々行きました。そこで選手の人から女子選手は神奈川リーグで初だと言われて、自分がパイオニアになれるというのはとても魅力的だと感じました」

昨秋のリーグ戦1戦目では横浜スタジアムで途中出場を果たし、守備ではセカンドを守った

 

 偶然の出会いがもたらした準硬式という競技が、またまた偶然にも下枝の革新的な性格とマッチしたのだ。下枝と準硬式は、運命の赤い糸で結ばれているのかもしれないと感じさせるようなエピソードである。
 何はともあれ一つ言えるのは「女子選手として活動する」という決意は、間違いなく神奈川リーグに大きな影響を与えるということだ。大学で野球をやってみたいと思う女子学生にとって、前例があるとないとでは入部に対するハードルの高さは天地の差に及ぶであろう。神奈川リーグ女子選手のパイオニアになるという下枝の決意に敬意を表したい。

「ラクロス部の人に準硬式野球部を勧められたのがきっかけ」という下枝さん。最初は渋々体験に行ったと言うが…。

■高校野球を全力で行ってきた男子選手、全てが勉強になる
 ソフトボールではショートを守っていた下枝だが、準硬式では距離の違いからセカンドの守備につき、男子選手に交じってプレーをしている。選手層の厚い神奈川大において試合に出場することは容易ではない。しかしながら、下枝は“強豪”神奈川大学であるからこそ野球をすることに価値を見いだしている。
「周りは高校野球を全力で行ってきた男子選手がほとんどで、全てが勉強になります。試合に出場する機会は少ないですが、一緒に練習をするだけで自分自身の技術や考え方が成長することを実感しています。高校時代に試合に出場することの楽しさは十分知ったので、大学では野球はあまり考えていなかったのですが、今では入部して良かったと思っています。」
 男子選手の中で野球をすることができるという環境が、下枝にとっては魅力的なものであったのだ。強豪である神奈川大学だからこそ、向上心の強い下枝の性格にマッチし、「成長」を実感することにやりがいを感じているのである。
 最後に下枝は、「準硬式野球」の魅力をこう語っている。
「準硬式に入部して思ったのは、チーム毎に雰囲気が全然違うということです。神奈川大のように勝利にこだわるチームもあれば、野球を楽しむことを重視しているチームもあります。そういった意味では、より多くの人が輝ける環境があるということが準硬式の魅力だと考えています」

 競技問わず自分が所属した団体が、自分自身に合うかどうかは入ってみないと分からない。しかしながら、野球という競技においては、ある程度身体が成熟した大学生という段階で男女が共に本気で白球を追う姿はあまり見られなかった。その状況に一石を投じたのが「準硬式野球」である。
 男子に交じって野球をすることに何を求めるかはその人次第ではあるが、男女問わず輝ける環境というのはこれから準硬式野球という競技が掲げるビジョンであることに違いない。
 「女子選手のパイオニアになる」という下枝の決断は、間違いなく準硬式野球の未来を切り拓いている。

「下枝さんのプレーは男子選手の中にいてもレベルが高く驚かされた」と山根記者。「女子選手のパイオニア」を目指していく

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(文/山根祥太・横浜国立大3年=高崎)