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何故グラウンドで練習できない日本大が日本一になれたのか

2022年全日本選手権覇者の日本大学。昨年は文字通り日本の準硬式野球の中で一番強い大学となった。しかしチームは自前のグラウンドを持っていない。スポーツ推薦も、セレクションもいなければ、強豪校出身者も目を見張るほどいるわけではない。そんな大学がなぜ日本一になれたのか、徹底分析するために日本大の練習を取材した。

血反吐を吐くような練習をしているのかと勝手に思っていた、のだが… 
 日大準硬コーチで東都リーグ理事長を務める杉山智広さんの計らいでミーティングに参加させていただいた。日本大学準硬式野球部の朝は早い。私が取材に伺った日は6時半から練習しており、杉山さんがその理由を話してくれた。

「日大は毎朝、部員全員で日大のアスレティックセンター八幡山という施設で朝食を食べることになっており、その時間に合わせて練習時間を組んでいます」。

 一人暮らしの学生や、朝食を食べない学生も多いと思うのでこれは学生にとって非常に助かるのではないかと思う。ただ朝食を食べるというよりか相互にコミュニケーションをとっていて同じ釜の飯を食うという言葉を体現しているようだった。高校野球なら「静かに食べろ」と怒られそうなくらい、かなり楽しそうな雰囲気が流れていた。

 この日の練習は、まず日本大学文理学部キャンパス近くの陸上競技場で始まり、走り込みを行った。陸上競技場で1時間弱走りや杉山さんが提案したメニューを行い、アスレティックセンター八幡山へ移動する。朝食を食べ、ミーティングをし、解散。そのあとは自主練習といった形だった。率直な感想は「私が所属していた青学の方が野球の練習をしている」というものだった。もちろん合宿などの量が青学とは大違いだったのでこの日を見た感想ではあるが、正直日本一の大学というバイアスがあったので年始から血反吐を吐くような練習をしているのかと勝手に思っていた。では日大準硬はなぜ強いのか。その答えはすぐに分かった

練習は朝食後に日大の施設の中庭という限られたスペースで行っている

 ■強さは環境ではなく、組織力
 杉山さんはまず前提としてグラウンドがあるに越したことはないがそれが強弱を決定するとは言えないと話す。

「毎日グラウンドが使えてその環境に悪い意味で慣れてしまうより、偶にグラウンドが使えるという環境の方が新鮮味から集中力が上がると思います。今までは人のせいだとか、もののせいにしてしまう部分がありましたが、今ではグラウンドが無いならないなりにチームを強くする方法はあると思っています」。

練習内容は
・ウエイト
・ドリル系守備練習
・ティーバッティング
以上の3点が主な練習内容だ。

 まるで高校野球の雨天時のような、あまりにも基本的な練習内容にますますなぜ強いのかという疑問が増していく。しかし杉山さんの言葉で日本一のチームたる所以のヒントを得た。それは組織力という言葉だ。後述の選手の取材でもこの言葉はよく話されていた。

 その姿勢はミーティングでも散見された。監督の米崎寛(日本大)さんはこの日の走り込みの選手の姿を評価し、「今日の走り込みで『もう一本行く奴いるか?』という問いかけに5,6人が手を上げた。そして結局はチーム全員がこの手を上げた者に釣られて走った。この個人の争いが今の時期重要だと思う。そして試合の前にはベンチ外の人間もスタメンの人間も一緒に勝とうと言えるチームであれば良い」。

 個人が集団を引っ張り集団が個を鼓舞する、その組織内の相乗効果こそが日本大学を強くするのだと私は理解した。新4年の中島健輔(3年・日大鶴ケ丘)に日大準硬の組織力について聞いた。まず「日大で大切にしていることは何ですか?」という問いに開口一番、「組織力ですね」という答えが返ってきた。

個の力ではなく「組織力」をモットーに日本一の座を掴んだ

■「個の力が低い→好き勝手やっても勝てない→組織力と言う文化に」(中島主将) 
 日大準硬は厳密には体育会の部活ではなく扱いとしてはサークルになる。そのため中島も「モチベーションの違いは相当あります。野球を楽しみたいと思う選手もいれば日本一になりたいと思っている選手も当然います」とした上で、無理に同じ方向に向かせることをしないのだという。「野球を楽しみたいと思って入ってきた人も野球を長年やってきた人も多いので野球をやる中での嬉しい、悲しいといった感情は同じものを持っていると思います。ですから強制というよりかは選手を鼓舞する中で組織を形成することが良いのかなと思っています」。
 また、強豪校出身の選手が少ない、活躍できなかった選手が多いということにも触れ、「個の力がないからこそ伸び代があると思っていますし、個の力が低いという自覚があるからこそ好き勝手にやっても勝てないので日大には組織力という言葉や文化が根付いているのだと思います」と話してくれた。
 代が変わってのメンバーは中島主将含めほとんどが日本一を経験しており、連覇に期待がかかるところだが「初心に戻って日本一を取りに行く思いでやっています」と語った。

新生日大をまとめる中島健輔(3年=日大鶴ケ丘)。日本一の経験者の一人だ

■選手から学生コーチへ。裏方に徹するモチベーションとは
 桑田翔太(3年・多摩大聖ヶ丘)は選手から学生コーチに転身をした。選手の道を諦めた選手がなぜ辞めずに部に残ったのか。そこにも日大の組織力が関係していた。
 家庭の事情で休部をしており、練習へ参加することが難しくなったという理由で辞めることを考えていた桑田。しかし部を続ける方がチームのためにも自分のためにもなると考え学生コーチとして携わることを決めたという。チームを客観的に見た時に学生コーチという役割の必要性に気付いた。

「監督さんや杉山さんは休日しかいらっしゃらないので、平日に選手をより長い時間見ることで変化にも早く気付ける。学生コーチを自分がやろうと考えました」。理由は想像できるが、だからと言って学生コーチになるかというのはまた別の話だ。桑田なりの葛藤がかなりあったのではないかと推察する。
「先輩や仲間と話す中で自分に新しい気付きが生まれましたし、チームを勝たせたい。4年間悔いのないように過ごしてもらいたい。という想いが自然と出てくるようになりました」。

選手ではない形でチームに関わり続ける桑田翔太(3年=多摩大聖ヶ丘)


 選手としてはもちろん今現在裏方として活躍しているので特にベンチメンバーやベンチ外のメンバーに対してかけてあげられる言葉は沢山あるという。彼の葛藤から救い出したのが「組織力」の考えだった。
「もちろん13年間ほどやってきた野球を選手としてやらない選択をすることでモチベーションが下がった時期もありました。ただ自分ではなく他者に目を向けると、チームのために自分が役に立つならそれは大きな喜びです」と誇りと自信をもって話してくれた。

 この桑田の行動は我慢と痛みを前提とするディフェンシブな自己犠牲ではない、むしろその逆だ。プライドと意義を見出したアグレッシブルな状態変化である。この逸材を生み出した日大準硬の組織力はただの団結ではとどまらない大きな武器となっているのだろう。

 桑田は新生日大の組織力強化にあたっての課題について「1点目は、真ん中の代(2年生)がどのような役割を果たすか。先輩から言われたことをチーム全体に落とし込み、後輩からの意見の吸い上げと指導を担う中間的立場にあるからです。チーム全体として底上げを図ることが大切だと思います。2点目はチーム全体として同じ方向を向けるか。具体的には控えの選手が当事者意識を持ってチームに参画できるかが重要だと考えています。ここは私が大きく関与できる部分だと思いますし、やりがいに感じるところです」。桑田の頭脳と主体的な働きかけが日大にどのような好影響を与えるのか、今から楽しみでならない。

走り込みやトレーニングといった基本的な練習を徹底する日本大

 思考は肉体を勝ることが出来る、ということを理解していただければ幸いだ。特に準硬式野球では練習時間に差がないためこの傾向が顕著である。高校野球や大学硬式とは少し異質な性格を持つ点において準硬式野球はONLY ONEの魅力があると思う。

 

(文/山田力也・青山学院大3年=成蹊、写真/今井瑠菜・日本大2年=日大鶴ケ丘)