公立校から、大学で野球を続けるか迷っている選手は多くいるのではないだろうか。今回は埼玉の公立校から一浪を経て、六大学野球の道へ進んだ選手を紹介する。「六大学で野球がしたい」、「六大学のユニホームを着てプレーしたい」と思っている高校生にぜひ読んでもらいたい。準硬式という選択が、高校時代より充実した野球生活を送るための一手になるかもしれない。
ある選手の例を紹介する。吉野剛史(4年=蕨)は公立校から立教大へと進学した。高校時代の野球部は、県大会1回戦で負けることもあり、お世辞にも強いとは言えないチームだったという。「高校時代に全く勝てずに良い思いができなかったので、大学で野球を続けたいという気持ちはずっとありました」と話す。
希望していたのは東京六大学だった。吉野は早い段階から試合に出るためには硬式野球では難しいと感じた。そこで、高校時代から情報を得ていた準硬式での野球を考えた。立教大を選んだのは「立教って他大学より無名の高校出身の選手が多いんです。ここなら自分のような選手でも試合で活躍できるチャンスがあるかもしれないと思ったからです」と道を定めた。早慶に比べて内部進学の選手が少なく、スポーツ推薦がない立教大は受験を受けて入学してきた公立の選手が多い。志望校を決め、タテジマのユニホームを着ることを目標とした。
■楽しさしかない、大学での野球
高校野球を引退してからの受験勉強は大変だった。それでも吉野は「浪人してでも六大学に入ろう」という気持ちで、勉強に励んだという。一度目の受験が納得いく結果にならず、浪人を決意。朝9時から夜22時まで予備校に通って勉強し、志望校合格を手にした。
「浪人時代は、夏になると甲子園がすごく気になってしまって、予備校で見ていました。そんな僕が、いま甲子園出場経験のある六大学の選手と同じグラウンドに立って野球ができていることが信じられないです」と笑う。
2年間の受験勉強で苦しんだ吉野だったが、入学してからの野球は、楽しさしかなかった。努力したぶんうまくなる。自分の野球がどんどん結果に結びついていった。
「チームは平日の2日、土日しか練習がないので、とにかく自主練習に励んでいました。他大学に勝つには人一倍の努力が必要だと思ったので、自分でひたすらバットを振り続けていました」。1年生の秋季リーグ戦で初出場、3年春のリーグ戦で3割8分5厘の打率を残し、首位打者に輝いた。6月のオールスター戦では8打数5安打3打点の活躍でMVPに。秋には初の準硬式甲子園大会に東日本選抜で参加するなど、リーグを代表する選手へと成長した。
「自分みたいに高校時代全く勝てずに良い思いをしたことがない選手でも甲子園に出たような選手と同じグラウンドで戦えることが出来るのが準硬式です。活躍するチャンスが誰にでもあり、想像以上に準硬式は熱い。努力して練習すれば、必ず活躍できます」
吉野は自身が広報となって、SNSを通じて準硬式野球の魅力を拡げている。なぜか? それは、自分のような高校生に、大学で野球を続けることをあきらめてほしくないからだ。
「硬式じゃなくても、準硬式は面白いですよ」。
準硬式の世界で、吉野のような選手たちが、君を待っている。
(文╱今井瑠菜・日本大3年=日大鶴ケ丘)