
8月30日から9月3日までの5日間、東北・宮城県にて、《清瀬杯 第57回 全日本大学選抜準硬式野球大会》が開催されました。全国から集まった16チームで行われたトーナメント形式のこの大会は、全日本選手権にも引けを取らない熱戦の連続の末、関東地区代表の神奈川大学が6年ぶり3度目の優勝を飾りました。強豪校の圧倒的なパフォーマンスや、国立大・北海道大学の準優勝という大健闘など、様々なバックグラウンドを持った選手たちが大好きな野球で真剣勝負を繰り広げる、実に “準硬らしい” 戦いの連続でした。
当記事では,大会を裏側から支える「学生委員」の一人として活動した筆者による,大会レポートと活動を通じて感じた準硬式野球の魅力をお届けいたします。
17チーム目「学生委員」
まず初めに、学生委員といっても普段は各チームでプレーしている選手やチームを支えるマネージャーが集まった集団であり、何か特別に能力がある人たちではない、ということは先に断っておきます。
清瀬杯の主催に向けて、学生委員の準備が始動したのは1年以上前から。前年度大会の視察から始まり、各大学へのホテルやバスの手配、球場との調整、試合補助要員の割り当て、記念品のデザインなど、その準備は多岐にわたりました。しかも本業である学業や就活との両立も強いられるため、みんなで力を合わせて取り組まなければ大会の成功は叶いません。そこで6名体制だった今年度の学生委員では、常に綿密なコミュニケーションをとることを強く意識。頻繁に打ち合わせを行い、意見を取り入れながらうまく進まないところにはフォローを入れるなど、学生委員同士の意思疎通には気を配り、大会に出場する16チームに対して“17個目のチーム”ともいうべき団結力を武器に、大会を裏側から支えました。
大会期間はその集大成。初日にして最大の山場、たくさん打ち合わせして準備をした開会式では、お褒めの言葉を多く頂けるほどのスムーズな進行を実現できました。複数球場に分かれて行われた各試合でも日ごとに生まれた課題を共有・改善し、私たち学生委員の成長と共に日程も順調に消化していきました。しかし大会期間中にはイレギュラーな事態も。前日深夜に急遽人員配置の変更を強いられる等、想定外のトラブルもありましたが、綿密な連絡と信頼関係で何とか乗り切りました。もはや「裏方」という言葉すら似合わない程、主体的で、刺激的で、感動的な毎日でした。最終日には達成感から感極まる場面も。一秒たりとも野球をやらずして、野球にここまで熱くなれたのは初めてのことです。

”JUNKO”だからこその経験
また、私たちが目標としたのは、ただ大会を成功させることだけではありません。これを機に準硬式野球の魅力を拡散し、もっと東北で準硬式野球をメジャーにしたいと考えていました。
「どうしたら準硬式野球の魅力を知ってもらえるだろう?」
「どうしたら競技人口を増やすことができるだろう?」
「そのために、この清瀬杯という好機をどう活かせるだろう?」
普段のリーグ戦ではルーティーン化された仕事をこなす場面が多い一方で、今回はまだ誰もやっていない取り組みを手探りで進めなくてはいけない。その為にはまず明確な目的を設定し、そこから逆算して達成への道のりを探っていく作業が必要でした。これは普段の仕事とは一味も二味も違った難しさを伴うものでしたが、同時により一層のやりがいを感じられる仕事でもありました。そうして考察と議論を重ねた結果、目玉となる取り組みとしてオリジナルポスターの作成にたどり着きました。
なによりも、この清瀬杯をきっかけにして準硬を知ってもらい、見に来てもらい、ハマってもらいたい!そこで清瀬杯の日程を大きく記載し、野球をハツラツと楽しんでいる写真を多く添え、 “準硬式で輝く学生の姿” を前面に押し出したポスターを、高校球児が多く見る施設に焦点を当て、宮城県内の全高等学校や仙台市公営のスポーツ施設、野球用品店などに掲示していただきました。

失敗という財産
もっと連絡を密に取っていれば、よりスムーズに対応できたかもしれない。もっと早くから準備していたら、あんな試みもできたのに。始動から1年間、全力で駆け抜けてきましたが、ひと段落ついて振り返った今「ああしておけばよかったな」が溢れてきます。
文:東北地区大学準硬式野球連盟 副学生委員長 白村崇(東北大学4年=旭丘高校)