
学生たちが自ら執筆する連載企画「学生が描く、第77回全日本大学選手権大会」。連載第2回目は、東北地区編。3年連続63回目の出場をした東北学院大学です。米倉希胤(4年=仙台育英)主将のもと「日本一」を掲げるも、初戦で福岡大に13回タイブレークの末6ー7で敗北。大会が終わった今だからこそ語れる米倉主将と新主将・佐藤琳空(柴田=3年)の本心に迫ります。
延長13回の大激闘
9回までの攻防で互いに点を取り合い、2ー2で延長タイブレークに入った。
10回表の攻撃、東北学院大学は3点を追加。勝負が決まったと思われたが裏の守備で福岡大学に3点を取られ試合はさらに延長に入る。12回にも互いに1点ずつを追加し、6ー6で迎えた13回。東北学院の攻撃は0点に終わった。その裏、犠打で一死二、三塁になったのち、申告敬遠で一死満塁。そして、途中出場の9番打者に投じた初球は米倉主将が守っていたショートと、下級生のころからチームを共に支えてきた柳沢友哉(4年=仙台商)が守っているセンターの間に落ちた。
「あのボールが落ちた瞬間時が止まったように感じました。これまで練習してきた日々とかチームメイトと語り合った時間が走馬灯のように頭をよぎりました」
米倉主将はランナーが生還してるにも関わらず、ホームに送球していた。
「まだ、終わりたくない」と。
10回表の攻撃、東北学院大学は3点を追加。勝負が決まったと思われたが裏の守備で福岡大学に3点を取られ試合はさらに延長に入る。12回にも互いに1点ずつを追加し、6ー6で迎えた13回。東北学院の攻撃は0点に終わった。その裏、犠打で一死二、三塁になったのち、申告敬遠で一死満塁。そして、途中出場の9番打者に投じた初球は米倉主将が守っていたショートと、下級生のころからチームを共に支えてきた柳沢友哉(4年=仙台商)が守っているセンターの間に落ちた。
「あのボールが落ちた瞬間時が止まったように感じました。これまで練習してきた日々とかチームメイトと語り合った時間が走馬灯のように頭をよぎりました」
米倉主将はランナーが生還してるにも関わらず、ホームに送球していた。
「まだ、終わりたくない」と。
「弱さの共有」とは?
米倉主将は新チーム始動時に最初のミーティングで「日本一」という目標を掲げそのために伝統にとらわれない抜本的なチーム改革を行ってきた。さらに、部員1人1人とコミュニケーションをとり対話を重ねた。その中で大事にしていたのは「弱さの共有」だ。通常、人は仲が深まってきてから弱さを見せるが、米倉主将は違った。最初から弱さを見せてそれを共有していくことで仲がより深まりチーム力が強くなると考えていたのだ。それぞれが課題を露呈しあってアドバイスをしていく。これが米倉主将が作りたかったチームの姿であった。同大学の選手である筆者(畑中)も、強く感じる場面が多くあった。
下級生の時から、試合に出場し活躍していた米倉主将はその時からチームについてよく考えていた。
「人はどんな状況に置かれても自分で限界を決めない限りは成長できる。正直なところ、自分の中でどうしてもこの東北学院大学準硬式野球部の限界というものを下級生の時に強く感じていて、こういうチームだったら全日本選手権に行ってもここまでしか行けないだろうという壁を自分で作って野球をしていた時期もあったんです」
しかし、主将になってからその考えが大きく変わった。
「主将として自分が日本一に導かなければいけないという強い意志が芽生え、野球人生の中で一番自分なりに考えて野球をしていた時期となりました。この経験から、人はいつからでも成長できるのだということを準硬式野球を通じて学びました」。
自分たちでメニューを組んだり、人と話す中ですれ違いが多く起こる部活動であったため、各々の熱量の違いには苦しめられることが多くあったと言う。最初はこの衝突が難しいと思っていたが、途中からそれがすごく楽しいという感情に変わっていったそうだ。
「キャプテンは人に指示、指導する立ち位置として相手に言ったことが鏡となって自分に跳ね返ってきます。だからこそ、その分自分も頑張ろうと思えたし、言ったからには自分もやらないといけないと思えた。上の立場になって初めて見える景色や、こうしたらもっと良くなるのではないかという考え、新しいアイデアなど、すごくいろんなものが自分の内側から湧いてくることが新鮮な感覚で、自分の成長が実感できて楽しいと思えました」。
主将として1年間、限界の壁を突破すべくチーム再建に尽力した米倉希胤主将
下級生の時から、試合に出場し活躍していた米倉主将はその時からチームについてよく考えていた。
「人はどんな状況に置かれても自分で限界を決めない限りは成長できる。正直なところ、自分の中でどうしてもこの東北学院大学準硬式野球部の限界というものを下級生の時に強く感じていて、こういうチームだったら全日本選手権に行ってもここまでしか行けないだろうという壁を自分で作って野球をしていた時期もあったんです」
しかし、主将になってからその考えが大きく変わった。
「主将として自分が日本一に導かなければいけないという強い意志が芽生え、野球人生の中で一番自分なりに考えて野球をしていた時期となりました。この経験から、人はいつからでも成長できるのだということを準硬式野球を通じて学びました」。
自分たちでメニューを組んだり、人と話す中ですれ違いが多く起こる部活動であったため、各々の熱量の違いには苦しめられることが多くあったと言う。最初はこの衝突が難しいと思っていたが、途中からそれがすごく楽しいという感情に変わっていったそうだ。
「キャプテンは人に指示、指導する立ち位置として相手に言ったことが鏡となって自分に跳ね返ってきます。だからこそ、その分自分も頑張ろうと思えたし、言ったからには自分もやらないといけないと思えた。上の立場になって初めて見える景色や、こうしたらもっと良くなるのではないかという考え、新しいアイデアなど、すごくいろんなものが自分の内側から湧いてくることが新鮮な感覚で、自分の成長が実感できて楽しいと思えました」。

「苦しい」から「楽しい」へ
学生が中心となって練習メニューやオーダーを組む東北学院大学。もちろん衝突は多くあった。熱量の違いによって苦しめられたり、意見の違いによって口論になることもあった。米倉主将も、最初は難しいと感じていたが、途中からそれが「楽しい」と感じられるようになったと言う。
ここで「もう一度キャプテンをやり直せるなら?」という問いを投げかけた。すると、「もっと厳しくしておけばよかった」という返答が返ってきた。ここでの厳しいという意味は1つ1つのプレーに対する厳しさである。野球というのはチームスポーツであり1人でプレーが完結することはない。この試合でも少しのミスが勝負を分けた。そこを詰めて練習していればよかったと語る。
それを踏まえて、新主将である佐藤選手に伝えたいことを聞くと「楽な道と険しい道がある場合、険しい道を進み続けてほしい。楽な道を選んでしまえばその分の結果しか得られない。そしてそういう人間にしかなれない」と米倉主将は言った。その先には大きな成長と達成感が待っている。それを佐藤には感じてほしいと強く願っていた。
キャプテンという役職は人に言ったことが鏡となって自分に跳ねかえってくる。その分強い責任感も伴う。しかし、新旧の両主将はその責任を感じながら自らの行動でチームを牽引していると筆者は感じる。チームとともに自分自身も大きく成長していけることこそが、キャプテンという役職の本質であるのだ。
仙台育英から準硬式野球の道を選び日本一を目指した米倉希胤主将(4年、写真左)と、新チームから主将を務める佐藤琳空新主将(3年=柴田)
ここで「もう一度キャプテンをやり直せるなら?」という問いを投げかけた。すると、「もっと厳しくしておけばよかった」という返答が返ってきた。ここでの厳しいという意味は1つ1つのプレーに対する厳しさである。野球というのはチームスポーツであり1人でプレーが完結することはない。この試合でも少しのミスが勝負を分けた。そこを詰めて練習していればよかったと語る。
それを踏まえて、新主将である佐藤選手に伝えたいことを聞くと「楽な道と険しい道がある場合、険しい道を進み続けてほしい。楽な道を選んでしまえばその分の結果しか得られない。そしてそういう人間にしかなれない」と米倉主将は言った。その先には大きな成長と達成感が待っている。それを佐藤には感じてほしいと強く願っていた。
キャプテンという役職は人に言ったことが鏡となって自分に跳ねかえってくる。その分強い責任感も伴う。しかし、新旧の両主将はその責任を感じながら自らの行動でチームを牽引していると筆者は感じる。チームとともに自分自身も大きく成長していけることこそが、キャプテンという役職の本質であるのだ。

応援してくれるすべての人のために野球を
秋から主将を務める佐藤選手に新チームの「これから」について語ってもらった。今年のチームのスローガンは「他喜力」。自分のためだけではなくチームメイト、支えてくれる家族、監督、コーチなど応援してくれるすべての人のために全力で野球をしようという思いが込められている。「4年生にプレーで恩返し、そして絶対にリベンジを果たします。」そう答える佐藤の目は闘志に燃えていた。
すでに新チームは始動しはじめ来夏へのリベンジに燃えている。米倉主将の熱い想いを受け取った佐藤新主将はチームの中心となり行動面からもチームを牽引していく。新たな歴史を刻み始める東北学院大学準硬式野球部から目が離せない。
佐藤琳空選手が新主将となり、チームは「他喜力」をスローガンに出発した
すでに新チームは始動しはじめ来夏へのリベンジに燃えている。米倉主将の熱い想いを受け取った佐藤新主将はチームの中心となり行動面からもチームを牽引していく。新たな歴史を刻み始める東北学院大学準硬式野球部から目が離せない。

(取材/東北学院大3年・髙橋幸希=日本ウェルネス宮城、文/東北学院大3年・畑中雄太=仙台南)