「お前には期待してないよ」。
ベンチから自分への声かけに笑ってしまって、自然に肩の力が抜けた。
日本大・野村柊吾(2年=桐光学園)。東都選抜Aの一員として出場した今大会。決勝進出が決まる東京六大学選抜戦、1-1で迎えた9回表。代打で勝ち越し右前タイムリーを放った。試合は2-1で勝利し、翌日の決勝で、チームは初優勝を果たした。
「スタメンを外されたけど、このオールスター戦は素晴らしい選手ばかりだったので」と野村は謙遜する。「控えでも、自分がやるべきことの準備はできていた」とベンチで声を出し続けた。代打起用に答えられた理由は、控えとしての準備を高校時代に経験していたからだ。
神奈川の強豪・桐光学園出身。準硬式に進んだのは「自分のレベルや、文武両道の環境を考えたから」。硬式の激しい競争では学業との両立が難しいと感じ、この道を選んだ。
高校時代は苦しい時期も多かった。2年秋までスタメンに名を連ねることができず、厳しい冬を乗り越えてつかんだ春夏のレギュラー。しかし、迎えた最後の夏は調子を崩し、再びベンチへ。背番号5を背負いながらも、不完全燃焼のまま終わった悔しさは今も胸に残る。
東都リーグ1部の中から、繰り上げ選手として選ばれた今大会でも、「自分が出ていいのかという引け目はあった」というが、「来たからには活躍してやる」という気持ちは揺るがなかった。
中央大など、普段は敵として対峙する選手たちと同じベンチに座り、「どうやって上手くなれるか」を探した。味方であっても、意識の中ではライバル。「他大学の仲間と仲良くなることと、自分が成長するためにここに来た。ここでスタメンを取れる選手になりたい」と語る表情に負けん気がにじみ出ていた。
今夏に桐光学園時代の恩師・野呂雅之監督が42年の監督生活を終えて、勇退する。「複雑な気持ちです」と野村。「自分たちの代で甲子園に連れて行きたかった…。その思いは後輩たちに託します」と話した。母校の夏の戦いを、今年も応援するつもりだ。
最後に準硬式が好きですか? そう尋ねると、迷いなくこう返ってきた。
「大好きです」。
【編集後記】「勉強」も「野球」も手放さなかった野村選手の選択
野村柊吾。
エース中平陽翔(現・立正大硬式2年)と同期の世代。後輩のコンバートがなければ、正捕手になっていたかもしれない選手だ。
先日、野村選手の活躍を、母校・桐光学園のコーチである天野喜英さんに報告しました。
「うれしいですね。あいつはガッツがある選手だったんですよ」
そう言って、笑顔を見せてくれました。
甲子園に届かなかった教え子が、別の場所で結果を出している。その事実が、何よりも誇らしいのだと思います。保護者も、指導者も、本当は勝ち負け以上に、その「続き」を見届けたいのかもしれません。
「競争を避けたんじゃない。全部、やりたかった」
野村選手の言葉を、私はそう解釈しました。
野球も、勉強も、大学生活も――。どれかを諦めるのではなく、全部に真剣に向き合いたい。一見、欲張りに見えるその姿勢は、実はとても誠実な生き方なのではないかと思います。準硬式を選んだことは、逃げでも妥協でもない。
むしろ、自分自身に対するまっすぐな問いかけと、覚悟の選択だったのだと感じました。
「大好きです」
そう言って笑った野村選手の笑顔が、ずっと胸に残っています。
全力で生きようとする人の決断を応援する。それが準硬式という選択です。
(文・取材=樫本ゆき)